Tomyさん・・2つほど 質問があります。

tomyさんご指摘をありがとうございます。
>今回のイサクさんの記事から抜け落ちている情報は、お父様が8月3日にソウル聖母病院に入院され、12日には天正宮へ一旦は戻られ、13日、天正宮を巡られながらその病状が再度悪化したという情報です。これも石副会長のメッセージにて記載されていました。


>このように一晩ほとんど休まれずに天正宮で祈祷とみ言で過ごされたお父様は、その翌 日の8月13日には自動車に乗られ、清平団地を回って来ると言われながら清心中高等学校 の前まで行って来たりされました。普通の人であれば床から起き上がることもできない程 のご病状でしたが、真のお父様の精神力は想像をはるかに超越したお姿でした。しかし午 後になるとお父様の体力は急激に衰え始めました。もちろんこれを誰よりも先に感知され たお方は、真のお母様でした。お母様は涙でお父様に訴えられながら、病院に行きましょ うと懇請を申されました。普段であれば一言で断るお父様でしたが、この日は喜んでお母 様の忠告を受け入れられて「そうかいオンマ。ありがとう。」と語られて清心国際病院へ 行かれました。


>清心国際病院に何時間か留まりながら療養をされておられる間にも、真のお父様の状態 は更に悪くなりました。ひどい咳をされながら苦しそうにされているお父様をご覧になら れたお母様は、直ちにお父様の許諾を受けて再び総合病院であるソウル聖母病院へお父様 を送られることを命じました。



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と言うことだそうですが・・
同じ日の説明が
享進様の講話の「真のお父様の最後のご入院」にありました。


>真のお父様が前の晩にお休みになれず、ずっと30分、1時間ごとに目を覚まされては
姿勢を変えようとされるお姿をごらんになった真のお母様は「アッパ、お体の調子が本当によくないようです」と言われ、次の日に最善を尽くして真のお父様を説得し、急遽、清心国際病院に真のお父様をお連れするようになったのです。本当に一瞬の出来事でした。
私たちは真の父母様のすぐ横にある信俊様の部屋にいたのですが、私たちが準備して出てくる前に、真の父母様はすでに病院に向かっておられたのです。



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享進様の話からすると・・前の晩から一晩中具合が悪かったようで、次の日の早くに
お母様が清心病院にお連れしたようになっているのですが・・
?・・
石副会長の説明だと13日の午後からお父様の具合が悪くなってきた・・と
あるのですが、


どちらの話が正しいのでしょうか?
お父様の具合が悪くなったのは前の晩からですか?
それとも次の日の午後からですか?


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もう一点、


>清心国際病院に何時間か留まりながら療養をされておられる間にも、真のお父様の状態 は更に悪くなりました。ひどい咳をされながら苦しそうにされているお父様をご覧になら れたお母様は、直ちにお父様の許諾を受けて再び総合病院であるソウル聖母病院へお父様 を送られることを命じました


? ? ?
病院にいるのに何故・・医師がでてこないのでしょうか?
普通は次の病院への搬送は医師が判断するのではないでしょうか?
「この状態は、危険です。直ぐに聖母病院へ運びましょう」と
何故その判断を医師ではなく、お母様がされているのでしょうか?